■時計坂通信社の歴史

このページを、今は亡き水谷誠氏に捧げます。

 話は1986年の夏まで遡ります。
 1986年に水谷誠氏(故人)が中心となり「銀嶺荘舎」というサークルが結成されました。このサークルはいくつかの本・同人誌を出版しましたが、『高橋留美子選集』という本を出版したことで有名です。
 89年には、現在の「時計坂通信社」の前身で高橋留美子オンリーのファンサークルである「高橋留美子ファンクラブ」が、水谷誠氏と吉富克彦氏を中心に結成されました。このサークルは会報「熊猫通信」の発行と『高橋留美子作品総目録』などの同人誌の発行を中心に活動を進めました。しかしながら、92年の秋にはスタッフの多忙により運営に行き詰まってしまいました。
 そのため、播磨谷真氏が新スタッフとして加わり、新しい編集長に就任しました。同氏の下、会報名の「時計坂通信」への変更、サークル名の「時計坂通信社」への変更が行われました。そして94年5月の紙面刷新を挟んで、この体制は95年4月まで続きました。しかしながら同氏が退いた後、編集の引き受け手がみつからず、数ヶ月間にわたってサークル運営は混乱し、休会状態になってしまいました。
 やむを得ず、新人の七尾葉介が新編集長を引き受けることとなり、1995年10月から2002年5月までは七尾が同会報の編集を担当しました。現在も七尾が編集を担当しておりますが、02年6月以降はメールマガジン中心の活動にシフトしています。


『高橋留美子選集』とは?

 高橋先生の同人時代の作品を、先生の許可を取って発行したもの。昭和61年8月22日発行。収録作品は「背中の戦争」(初出: サブマリン4号 まんがあにめ集団ぐるうぷPiPi 1978.3.10発行)と「涅槃の方程式」(初出:びびっと4号 日本女子大漫画研究会)。なおこの本には2種類あり、A装は関係者向けで50部でB装は一般向け予約限定本で300部、原則としてナンバリングがしてありますが、一部関係者から流失したものにはナンバリングが無いものもあります。(この本の在庫はありません)


水谷誠氏について

 水谷誠(本名:中井大輔)氏は1968年8月28日生まれ。早稲田学院高校時代から、古マンガ専門店「まんだらけ」に関わり、高橋留美子作品の資料などのコレクションを本格化的に始める。1986年、サークル「銀嶺荘舎」をつくり『高橋留美子選集』を出版する。早稲田大学第一文学部仏文科に入学後、1989年には、同じく「まんだらけ」でバイトを始めた吉富克彦氏らと共に「高橋留美子ファンクラブ」結成する。そこで作られた『高橋留美子作品総目録』は、ほとんど氏の手によるものである。しかし「まんだらけ」八王子店失敗をめぐる店内でのいざこざの中、「まんだらけ」を辞職。1993年春に病気のため防衛医大に入院、秋には退院し回復の様子を見せていたが、年末に容態が急変し同年12月31日に死去した。
 氏はまた、様々なペンネームを持ち、水谷誠の他に、川瀬靖、井比祐二、西村誠二、山崎あきら、津本利一、Dr.Stop、東慎一郎などと名乗っていた。

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